今日はふと先ほど考えてた事をシェアしたくタイプしてます。

感情について。現在のホリスティック(統合的)な医学では感情と身体への関連は当たり前の様に

話されます。なにか身体と心で違和感を感じたら、感情や環境、思考なども要因として考えていくべき時代と思ってます。

 

さて全ての人がこの世界に役目をもって

全ての人が必要なこの世界。

映画が盛り上がるのは色んなキャラクターがいて

その凸凹で僕らは楽しんでいるわけです。皆がヒーローでも悪役でもそれはつまらない映画でしょう。

僕らの身体を舞台とする”感情”という役者達もそれぞれ必要とされこの身体に与えられました。

今回紹介するのは

5人。

「怒り」

「悲嘆」

「心配、不安」

「恐れ」

「喜び、悲しみ」

 

これは東洋医学での主に使われる感情でもあり

僕らに身近な感情でもあります。

「嫉妬」「安心」「憧れ」など細かく言えば沢山の役者がいるでしょうが。

 

「怒り」

彼は僕らの行動力の源です。

なにかを変えたくて、不満に対して

怒るからそれを行動にうつせるのです。

完全に満足してる人は行動できません。

この社会でこの「怒れる人」は世界を変えます。

もし僕らが行動力である「怒り」を溜め込む時に

それは心身に影響を与えます。

 

「悲嘆」

彼女は僕らを動けなくするでしょう。

悲嘆に明け暮れる時間に僕らに新しい道を進む為の

”時間”を、”気づき”を与えてくれます。

動かない時も僕らには必要なのです。

動かない様に見えても心身の舞台ではその感情の統合が

行われてます。悲嘆から”思い出”や”教訓”を取り出してくれます

 

「心配、不安」

彼らがいなかったら僕らは何を考えれるでしょう。

計画するという行為や目標の為の行為も

僕らが本当に心配や不安をもっていなければ

”考える”という事は十分にできません。

将来への不安などがあるから考える事ができるのです。

「思考の活性剤」である彼らを身体から追い出したいですか?

 

「恐れ」

僕ら人間が持つこの巨大な好奇心。

このおかげで現在までの”進歩”があるのでしょうか。

「ここから飛び降りたらどうなるんやろ?」とビルの屋上で

立っているあなた。その好奇心に歯止めをかける彼”恐れ”。

彼は僕らを生かしてくれます。

”この敵と戦ってはいけない、本能がそういっている”

と格闘漫画のようないちセリフも

極端に言えば僕らを生かすためにこの社会で働いてくれてます。

 

「喜び、悲しみ」

”喜び”と”悲しみ”は1つの場所からやってきます。

彼らは平和をもたらしてくれるでしょう。

”喜びでも悲しみでもない凸凹のない感情”

こんな感覚を感じたことはないですか?

凸凹がないのは「平」という事。

”喜び”と”悲しみ”が「和合」する。

そして「平和」が生まれる。

あの穏やかで安定した感覚はプラスの感情ではないと

僕は思ったんです。そしてマイナスの感情でもないと。

もちろん”喜び”から生きがいをもらえるのも忘れてはいけない。

”悲しみ”さんから教訓を得れる事も。

 

許して抱きしめる

僕らはついついこれらの感情を持つ時に

それを”敵”に仕立ててしまう。もっといえばそれを持っている自分自身も”敵”とみなし

自分を攻撃するでしょう。。

この世界で要らんものはないということを忘れないでください。

その感情を与えた環境にも、人にも

持っている自分にも

否定的にならずにいてほしいなと。

感情も環境も自分の行動も許して、抱きしめる。そこからまた道は続くのではないかな。

 

 

 

さあ頭が静かになってきましたのでしめましょう。

 

「感情」にこれだけ振り回されるのは人間の特権です。

それだからこそ僕らは「行動」し「考え」ます。

感情の起伏に潰されそうになった時には「平和」という場所で僕らは休憩します。

溜め込まれた怒りや過剰な心配、「平和」の確立が困難になった時に辛くなるんでしょう。

感情の役割を理解していき、それを客観視して教訓を取り出しやすくしていく

これは練習していく事ですが、僕は昔の自分と比べると徐々に出来るようになってきました。

これも結局、勉強やトレーニングと同じと感じてます。

カテゴリが違い、少し見えづらいけどそれは確かに僕らの中で

僕らの成長の為に働いてくれてます。

彼らを賞賛し、抱きしめる時も必要でしょう。

 

 

常々考えてたのがやっと文字に起こすタイミングになったのでしょうか。

何か”気づき”のお役に立てますように。

 

 

長文お読み頂きありがとうございます。

 

岡崎悟