知識を前に並べて自分を守る。

それを手に持って他人へ振りかざす事もできる。

知識によって”恐怖”を取り除くことで

受け入れる事が出来るようにもなる。

「わからない」ものは僕らは怖いから

 

火も同じ。

前に並べて守る事もできる。

それで怖いものを燃やすことだって。暖める事だって。

暗い闇を追い払う事も火はできちゃう。

僕らはこれをどう使っているんだろうか。

 

火はアーユルヴェーダの概念でも”知識”のシンボルのように使われる。

インドの概念からすると”火”が”知識”を授けるという考えではないでしょうが。

闇に覆われた”知識”を”火”で照らす事で見える。

僕らが自分の手で目を塞いで「暗い暗い」と言っている手を優しくのけてくれるように。

 

消化の力が”火”で表現されているのも繋がりがあるのかな。

頭で食べた”知識”。それを”知恵”にするため。

”知っている”から”感じる”まで。

消化の”火”はそれも助けてくれる。

だから消化の力は重要視されてるのかな。

 

占星術の概念でも”火”の要素は”知性”と関連しているように見える。

おもしろい。

 

学んできた”知識”は”火”と同じ様に、人の暗い闇への恐怖を取り除く為に、そして暖める為に。

そして自分自身の為には、白と黒を含めて、受け入れる為に使っていきたいな。

とか思ったり。

 

終わり